測定、指数付、空間群決定まで

粉末回折データの取得

 ここから、実際の手順に即して、粉末回折X線データの取得法について簡単に述べる。試料が十分ある場合は通常のガラス製試料ホルダーに詰めて、ブラッグ・ブレンターノ型粉末X線回折計で測定することで、解析に十分な質の回折パターンを得ることができる。もちろんスリットの選択(ビームの低角でのはみ出しを防ぐ)や十分な強度を得るための走査速度などのパラメータを適切に設定しなければならない。実空間探索法の場合には、初期構造は低角度のパターンのみで解ける。そうは言っても、指数付け、格子常数精密化、およびその後のリートベルト法までを考えると、高精度のデータを最初から取得することが望ましい。試料ホルダーに詰める場合には選択配向に注意する必要がある。また、指数付けのためには正確な面間隔(d値)が必須であるので、出来ればNISTのSiなどの角度標準物質を混ぜて、補正することが推奨される。なお少し前まで出回っていたSiのSRM640dの格子常数推奨値は最初のものから更新されたので注意が必要である。最近の粉末X線回折計では入射側にモノクロメータを設置してKα2をカットすることが出来る。分解能自体は変わらないが、重畳ピーク分離の点では有利となる。1次元検出器も普及してきており、短時間で十分な強度を取得する点で有利であるが、受光スリットがないために低角側のバックグラウンドや蛍光X線を十分カットできない弱点もあるので、必要に応じての使い分けが必要である。

 高圧実験の回収試料の場合は、地球科学分野でよく使われる試料容積の大きく取れるマルチアンビル型高圧装置を使っても、標準ガラス製ホルダーに一杯になるだけの量を得ることは容易ではない。そのため、粉末化した高圧試料を単結晶石英板又はシリコン板(いわゆる無反射板)に塗り付けて回折パターンを取得する、スミア法が一般的に使われている。しかし、そのような測定データを構造解析に使うことは、選択配向の発生と粒子数の少なさによる統計の点で問題があろう。この例のように、少量の試料しか得られない場合には、放射光の利用を検討すべきである。放射光はピーク半値幅が狭いので、ピーク分離の点で有利である。放射光施設の共用ビームラインの多くではデバイ・シェラーカメラを装備しており、検出器としてイメージングプレートが普及している。試料はガラスキャピラリに詰めて測定する。普通使われている0.3 mm直径のキャピラリで必要な試料量は約1 mgであり、1回のマルチアンビル高圧実験で十分に合成できる。また、キャピラリでは試料を詰める過程で選択配向が生じにくく、また回転させながら測るため、選択配向の影響を受けにくい。しかし角度分解能については実験室系回折計よりも悪くなる場合が多いので、注意が必要である。またイメージングプレートは専用スキャナーに移動させて強度が測定されるために、角度再現性の悪さが指摘されている。最近ではビームラインに2次元半導体検出器が導入され始めており、この問題は間もなく解決されるだろう。波長はユーザーが自由に選択できるため、試料の吸収、必要な分解能、含まれている重い元素の吸収端位置等を考慮して決める。キャピラリの欠点としては、ガラスによる複雑なバックグラウンドを生じる点がある。これは吸収が少なく、ピーク強度の弱い試料で顕著となる。正確なピーク強度が必要な直接法やリートベルト法による精密化で問題となりうる。1つの解決法は空のキャピラリを別途測定しておき、それをバックグランド関数として利用することである。リートベルト法でRIETAN-FPプログラム( [Izumi_Momma] )を使う場合には、実測のバックグラウンドをバックグラウンド関数に利用するオプションが使える。また、精密化に回折パターン自体ではなく、その1回微分を使うリートベルト法の亜種(derivative difference minimization)があり、バックグラウンドの影響を受けにくいとされている ( [Solovyov] )。

 SPring-8ではBL02B2(共用ビームライン)とBL19B2(産業利用ビームライン)でデバイ・シェラーカメラによる粉末回折測定を行うことができる。前者は成果公開の場合は無償で利用できる。後者の場合は有償であるが、依頼測定も可能である。1試料の測定は5~10分の露光で十分であり、BL19B2では試料自動交換と自動位置決めするシステムを備えており、2時間で十数試料を自動で測定できる。測定すべき試料が沢山ある場合には1試料当たりの料金はそれほど高くなく、ビームタイム確保の確実性と迅速性もあり、利用を検討する価値があろう。後で例として紹介するデータの多くはこのサービスを利用して取得している。フォトンファクトリやあいちシンクロトロン光センターでも粉末回折用ビームラインがあり、それらの施設でも利用申請を受け付けている。

 一方で実験室系の回折計も日々進歩しており、入射側モノクロメータ、多層ミラーによる平行ビームや集光ビームの生成、および1次元、2次元検出器の搭載が標準となりつつある。十分な試料量があるならば、まずは実験室系での測定を考えるべきであろう。これに関連してLe Bailの放射光利用についての文章を紹介する。” Clearly, most problems will be solved 'at home', reserving the rather expensive synchrotron experiments to highly 'complex' cases or to accuracy improvement.” (Le Bail, 1993, ウェブ上に公開されている却下された原稿から)。

 ピーク分離がSDPD法成功の鍵であるため、測定法自体でピーク分離を改善する方法がいくつか提案されている。1つは温度を変えた一連の測定を行い、熱膨張の軸異方性を利用してピーク分離に役立てるものである( [David] )。当然、温度変化による強度変化、熱散漫散乱および相転移が問題とならないことが前提条件である。同様な発想として、選択配向の度合いが違う回折パターンを利用する方法も提案されている。しかし、これらの方法は数多くのパターンを同時に扱う必要があり、対応する汎用プログラムがないこと、実際の測定も煩雑となるためか現在のところほとんど利用されていない。

指数付け

 指数付けは未知構造解析の出発点である。間違った指数付けはその後のプロセスを全て台無しにしてしまうため、得られた結果の十分な吟味が必要である。そのためにはまず正確な面間隔(d値)が必要である。また不純物ピークはできるかぎり同定し、指数付けに使うピークから排除する。通常、TREOR, DicVol, ITOの3大定番プログラムが使われる。それらとは異なる方法として、 [Le_Bail04] はモンテカルロ法とグリッドサーチを利用したMcMailleを発表している。最近、 [Ohisi-Toyama] はグラフ理論に基づく指数付けプログラム Conographを公表している。また、回折計メーカーが独自の指数付けソフトウェアを回折計制御PCで利用できるようにしている場合もある。正しい指数付けのためには、複数のプログラムで同じ結果が得られることの確認やプログラム出力を詳しく検討する必要がある。実空間探索法プログラムのFOXではDicVol, 直接法プログラムのEXPO2014ではNTREOR(TREORの最新版)、DicVol, McMailleが内部に組み込まれており、回折データ表示やピークサーチなども自動で出来るため、まず最初にそれらを使うことを推奨する。

 もし、その後の構造解析がうまく進まない場合には、指数付けに戻って再出発することが必要となる。このような場合には、実測パターンと指数付けされた計算パターンを仔細に比較して調べることが重要である。説明できない実測ピークがないかをチェックする。また、結晶が透明で、数ミクロン以上あれば、粉末を透明マニキュアでスライドガラスに固定し、偏光顕微鏡下で観察することで結晶系を推定する手がかりが得られるかもしれない。

空間群の推定

 指数付け後には、消滅則を調べることで、空間群を絞ることができる。自ら確かめる時には、桜井による空間群決定の表( [Sakurai] )が有用である。EXPOとFOXでは空間群の探索機能があり、Le Bail法を適用して得たピーク強度も使って、もっとも良く合う空間群を示してくれる。ただし、それらでリストアップされたものが正しい解であるとは限らないので、こちらもよく結果を吟味する必要がある。著者の経験では非常に弱いピークが空間群の決め手になる場合には、誤った空間群がリスト上位にくることがあった。この場合も実測と計算回折パターンをよく眺めて、その空間群で説明できないピークでかつ不純物起源でないものが存在してないかなどを仔細にチェックすることが重要である。また、その後の解析がうまく進まない場合にも、空間群推定に立ち戻る必要がある。