実際の解析例¶
直接法による解析¶
直接法による解析の例としてZn2SiO4の高圧相(IV相)の例を示す。Zn2SiO4の常圧相は鉱物名willemiteであり、工業的にも蛍光体として使われている。結晶中でZnとSiは4配位席を占める。高圧相のIV相は40年前から知られているが、構造解析はされていなかった。最近、著者のグループでNMR、FOXとRIETAN-FPで構造解析したが ( [Liu13] )、ここでは全く同じ回折データを使って直接法のEXPO2014で新たに解析を行った。回折データはSPring-8のBL19B2のデバイ・シェラーカメラで取得したものである。IV相は実はretrograde相であり、そのためか回折パターンは通常よりも高角側でピークがブロードであり、解析が難しいことも予想されたが、指数付けと空間群推定では直ちに正解が得られた。初期構造についてもデフォルト設定のままで、ほぼ正しい構造が得られた。酸素の一部が見えない場合もあったが、存在しない酸素位置は簡単に推定ができた。なおデフォルトではフーリエ合成の繰り返しにより原子位置を求める。しかし、ここで十分に意味のある構造が得られなかった時には、resolution biased modification(RBM)法( [Giacovazzo] )を利用して改善される場合があった。RBM法はフーリエ合成結果自体に手を加えることで、よりよい原子位置の推定を行う方法である。
直接法の解析でしばしば生じる状況は、重い原子位置は得られるが、軽い元素、例えば酸素の位置が決まらないことである。そのような場合のためにEXPO2014ではPOLPOという機能が組み込まれている( [Altomare00] )。これは得られている重原子を中心とした配位多面体を考えて、その方位をランダムに変えて結晶化学的に適切で、粉末パターンとの一致を探る。実空間探索法とも似ているが、既に分かっている重原子間距離の分析から軽原子位置を直接推定するなどの違いがある。配位数は重原子間の距離やつながりから推定するが、もちろんNMR等から分かっていれば利用することができるだろう。さらにrandom-model-based method(RAMM)法が提案されて、EXPO2014に新たに組み込まれている( [Altomare13a] )。これは、通常の直接法では位相を推定するステップと、そこからフーリエ合成の繰り返しなどで構造を改善していくステップがあるが、最初の位相推定のステップを捨てて、ランダムな位相を最初に与えて、構造を改善するステップに進む方法である。もはや直接法ではないが、通常の方法で意味のある構造が得られない場合には試してみる価値があるかもしれない。EXPO2014ではさらに実空間探索法も組み込まれているが、実空間探索法については専用のプログラムFOXの例を後に示す。
実は著者がEXPO2014を本格的に使い始めたのは本総説を書くためであったが、著者がこれまでFOXを使って解析してきたデータについてEXPO2014を適用したところ、多くのケースで簡単に初期構造を得ることができた。極めて強力なプログラムであり、最初に試してみる価値がある。EXPO2014の使用方法については著者のウェブページでも紹介している。
実際の解析例:チャージフリッピング法による解析¶
チャージフリッピング法の実行例を次に示す。試料は同じくZn2SiO4 IVであり、同じ回折データを使っている。Superflipの入力データとして回折パターンから抽出した強度が必要であるが、Superflipにはその機能がない。著者はFOX上のLe Bail法を使って強度を抽出した。この作業を行うためのFOX出力データからSuperflipの入力データを作る変換プログラムが著者のウェブページから手に入る。そのデータを使ってSuperflipで解析したところ、パソコンで数秒の計算時間で明瞭な電子密度分布を得た。Fig. 1にSuperflipで得られた電子密度と同じ方向から見た結晶構造( [Liu13] )を比較している。酸素については電子密度がわずかにしか見えていないが、ZnとSiは明瞭な電子密度分布として得られた。Superflip自体ではここまでであるが、既に得られている原子位置を使って、差フーリエ合成する、またはFOXに引き継ぐなどすれば残りの酸素位置を求めることは難しくない。
Figure 1. Crystal structure (left) and electron density map by Superflip of Zn2SiO4 IV phase.
これ以外にも我々がこれまでFOXを使って解析したデータについて適用したところ、多くで正しい電子密度が得られた。しばしば軽元素である酸素が見えないことはあったが、それ以外の重い原子位置は電子密度マップで正しい位置に明瞭に確認された。表1に著者が扱った高圧相についてのEXPO2014, SuperflipとFOXによる解析結果の比較を示す。EXPO2014と比較すると、Superflipはデフォルト設定で行うEXPO2014とほぼ互角の能力を示した。軽元素が見えないことがあるが、これは先に示したように別の方法との併用で求めることができる。この結果は先に述べた単結晶での比較結果とも一致している。実空間探索法に比べると構造についての予備的情報が不要であり、また計算時間が短いため、構造や組成の事前情報があまりない場合に最初に試みるといいかもしれない。
Table 1
phase studied | Space group | freedom | FOX | Superflip | EXPO2014 | Superflip + FOX |
---|---|---|---|---|---|---|
Zn2GeO4 cubic spinel | Fd-3m | 1 | NA | ○ | ○ | NA |
Zn2GeO4 tetra. spinel | P4322 | 9 | NA | ○ | ○ | NA |
fluoroapatite | P63/m | 11 | ○ | △ | ○ | ○ |
Mg2SiO4 forsterite | Pnma | 11 | ○ | ○ | ○ | NA |
Zn2SiO4 V | Imma | 11 | ○ | ○ | ○ | NA |
Zn2SiO4 III | Pnma | 12 | ○ | △ | ○ | ○ |
Zn2SiO4 IV | Pbca | 21 | ○ | △ | ○ | ○ |
AlPO4 moganite | P2/c | 26 | ○ | ○ | ○ | NA |
Ca4Al2Si2O11 low-P phase | C2 | 26 | ○ | △ | ○ | NA |
Ca5Al2Si3O14 low-P phase | C2/c | 29 | ○ | △ | X | NA |
AlPO4 P21/c | P21/c | 54 | ○ | X | X | NA |
AlPO4 AlVO4 | P-1 | 54 | ○ | X | X | NA |
Sr5V3(O/OH/F)22 | P21/c | 90 | NA | △ | ○ | ○ |
○: solved; △: oxygens missing; X: failed; NA: not available
実際の解析例:FOXによる解析¶
NMR情報を使ったFOXでの解析例を示す( [Kanzaki11] )。AlPO4の高圧急冷実験により、6-7 GPaで2つの高圧相が見つかった。低温側で出る相は三斜晶系であり、高温側で出現する相は単斜晶系であった。X線回折データはSPring-8のビームライン19B2のデバイ・シェラーカメラで取得した。2つの相とも31P MAS NMRでは3つのピークが観察された。ピーク面積はほぼ同じで、3つの非等価な4配位P席(存在度1:1:1)があると推定された。27Al MQ-MAS NMRからは3つの席が両相に見つかった。両相における席の類似性から、結晶学的な類似性が推定された。既知のAl化学シフトと配位数の相関から、2つのAl席は6配位、残りの1つは5配位であろうと推定された。三斜相ではZ=6であり、もしP1の場合はそれぞれ6個のP席とAl席がそれぞれ存在することになり、NMRの結果とは合わない。一方、P-1の場合は一般位置ならば、AlとPそれぞれ3席存在することになり、NMRの結果と一致する。特殊位置にあることも考えられるが、そうすると今度は存在度が1:1:1にはならないので、特殊位置ではないと結論される。したがってこの場合、空間群はP-1でP, Alは全て一般位置にあることがNMR情報から推定される。もしこれらの情報がなければ、一般位置と特殊位置席の組み合わせをしらみつぶしに調べて行く必要があった。一方、単斜相では空間群は一意には決められなかったので、可能性のある空間群を全て調べた。こちらはZ=12であった。
上記の情報を参考に非等価である3つのPO4を単位格子内に置いた。等価な席は対称要素に従って自動的に格子内に配置される。Alは非等価な3つを原子として単位格子内に置いた。Alについて、AlO6などを使わなかった理由は、この組成の場合Al-O-Alの存在は予想されないので、3個のPO4で単位格子内の全ての非等価な酸素席が取り扱われているはずである。そのためAlO6などを使うと本来同じ酸素席が多重に定義されていることになる。FOXには複数の同じ元素が近づくと、その占有率を自動的に変え、さらに同じ位置になると1つの原子としてマージさせる機能がある。多重に定義しても計算に問題はないが、計算の負担は大きくなる。この理由も自由度を考えると理解しやすい。前者の場合は、PO4原子団について並進と回転の自由度がそれぞれ3つあり、3種あるので、(3+3)x3となり、Alについては並進のみ(3x3)で、全自由度は27となる。AlO6を使った場合には、(3+3)x6で全自由度は36となり、前者より大きいことが分かる。また、5配位については三方両錐型とピラミッド型の2つの配位多面体配置が考えられるが、どちらかは不明なので定義しづらい。仮に6配位として取り扱うことも可能であり、実際その場合にもほぼ正解が得られた。しかし余計な酸素があることで、最終的なコスト関数が高くなり、解が得られたかどうかの判定がより難しくなった。もしAl-O-AlのようにPに結合していない酸素が存在する場合は、別途酸素原子を追加するか、Al多面体を直接使う必要がある。このAlPO4の例では余分な酸素を導入する必要はなかった。しかし、このような予想に頼りすぎると意外な落とし穴に嵌ることがある。例えばMg2SiO4組成においては、SiO4は独立しており、Mgは元素で入れてやればよいと普通は考えるだろう。これはオリビン構造と高圧相のスピネル構造では正しいのであるが、同じく高圧相の変形スピネル構造にはSiと直接結合していない酸素があり、この場合にはこの推測は間違いとなる。うまく行かないときは常識に囚われて、不要な拘束条件を知らないうちに使っていないか、疑ってみる必要がある。
さて、上記の条件で実空間探索法を使って計算を行ったところ、多くの計算で候補としてRwpが十分低い同じ構造が何度も得られた。得られた構造において、Alは2席が6配位で、1席が5配位となっていた。NMRから得たAlの配位数の結果と一致したため、この構造が支持された。その後のリートベルト法による精密化でこの構造が正しいことが分かった。単斜相ではP21/cで解析した時のみ解が得られた。どちらの構造においても、6個のAl多面体が稜共有でつながってZ字型の短い鎖をつくる。その短鎖同士をPがつないでネットワーク構造を形成している。両相の違いはこの短鎖の向きが同じ方向か、互い違いになっているかによる。
どちらの相も未知構造として解析したが、後から三斜相はAlVO4やFeVO4と同構造であることが分ったが、単斜相(P21/c)については同じ構造は今のところ見つかっていない。どちらの相も非等価な席が18個あり、単純な組成の高圧相としては意外に複雑な構造であったが、NMRの情報を活かした実空間探索法で構造を解くことができた。なお、同じデータをSuperflipとEXPO2014で解析してみたが、初期構造を得ることにも、一部の原子位置を見つけることにも成功していない(表1)。低対称性でピークの重なりが多いこと、特段重い元素がないことでフーリエ合成マップから原子位置を見つけづらいことが原因であろう。この例は実空間探索法がSDPD法の最後の手段となっていることを示している。なお、FOXは複数の回折データを扱うこともでき、例えば中性子回折データとX線回折データを組み合わせて初期構造を求めることが可能である。
ここではNMR情報を元に解析をした例を示したが、NMRが利用できない場合には、配位数や席数について様々な可能性を考慮して解析を進める必要があり、さらに試行錯誤に時間を費やす必要があろう。今後の発展の余地は結晶化学的な知見を使った自動化にあろう。