================================ はじめに ================================  粉末X線回折法は岩石・鉱物分野ではもちろん、結晶を扱うほぼ全ての研究分野において相の同定などに幅広く利用されており、結晶性物質を特徴付けるために必要不可欠な分析法である。粉末X線回折データから結晶構造を求めることは古くから行われているが、重畳ピークの存在により解析が単結晶回折法よりも難しくなる。しかし、方法論や利用できるプログラムについて最近著しい進展があり、非専門家が粉末X線回折データから未知結晶構造を求めることはもはや特別なことではなくなってきている。この方法は現在ではStructure Determination from Powder Data (SDPD)と称されており、それを主題とした本も出版されている( [David]_ )。事前の情報(回折データと化学組成以外)を必要しないことを強調する場合には、ab initio構造解析法とも呼ばれる。後者は第一原理電子状態計算とは無関係であるが、第一原理電子状態計算から未知結晶構造を予測する手法が存在するので区別する必要がある。しかし、SDPD法を適用しても構造が解けない場合も多い。そのような場合には、回折データ以外の構造情報や結晶化学的知見を総動員することが必要となる。また、各手法についての理解を深めることも必要である。GUIベースの解析プログラムの普及は潜在的なユーザー層を発掘するが、必要な専門知識の不足から解析がうまくいかないケースもその分多くなる。また、地球科学分野における結晶構造解析の専門家の数は減少しており、十分なアドバイスをもらえる機会が減っているようにも感じられる。  本解説では、SDPD法の現状を著者のここ数年の経験をもとに、解析原理、その実際、および陥りやすい問題点などを解説する。この総説で粉末X線回折全般を広くカバーすることはできないので、初期の構造決定に焦点を絞る。そのため、リートベルト法構造精密化について、さらには粉末X線回折法全般については [Nakai_Izumi]_ を参照されたい。 なぜ粉末試料を使って構造解析を行うのか =======================================  無機物の十分大きな単結晶(数10ミクロン以上)が得られたならば、実験室系の回折装置を使った単結晶構造解析でほぼ確実に結晶構造が解ける状況となって久しい。なぜ粉末試料から結晶構造を解く必要があるのだろうか。最大の理由は、そもそも単結晶を得ることが出来ないか、作成が困難なためである。さらに産業分野では、粉末またはそれを焼結したものが製品として使われるために、その状態での構造が知りたいという要求がある。高温高圧実験などの特殊な環境を必要とする合成方法では、実験の労力とコストが高いために、単結晶を得るためには多大な負担や試行錯誤が強いられる。常圧に取り出せない高圧相も多く、そのような場合には高圧その場回折実験を行う必要があり、特別な場合を除けば多結晶試料が対象となる。一方、放射光を使うと、粉末中から拾った微小な単結晶を使った単結晶構造解析すら可能である。しかし、この場合においても偶然拾った1個の結晶が粉末全体を代表しているかどうかの検証が別途必要となろう。また、微細な双晶の存在などのために、単結晶構造解析法が適用できないこともある。  粉末X線回折装置は単結晶X線回折装置よりもはるかに普及しているため、企業などではこれを積極的に利用したいという要望もあろう。さらに構造精密化法としてリートベルト法が特に広く認知されている事情もある。以上に述べた様々な理由により、粉末試料を使った結晶構造解析が必要となってくる。  粉末からの未知構造解析は必然的に単結晶構造解析よりも困難なものとなる。これは単結晶では回折点が3次元的に分離しており、個々の正確な強度測定が4軸回折計により可能であるが、粉末法では1次元に圧縮されて回折ピークの重畳が生じるためである。このために各指数の強度推定が困難となる。強度が正確に得られないと、後述の直接法およびチャージフリッピング法で解く場合に大きな問題となってくる。