coesiteのラマン振動数計算 の履歴(No.1)


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coesiteのラマン振動モードと振動数


coesiteのQuantum Espressoによるフォノン計算(ラマン振動数計算)

 Quantum Espressoのph.xを使うとIR、ラマンスペクトルの振動数計算ができる(もちろん分散曲線も)。coesite(SiO2の高圧相)については以前試した時にうまくいかなかったが、最近やっと計算できるようになった。factor groupとしてはC2hなので、入力ファイルに入れた構造データから、プログラムにちゃんとC2hと認識してもらわないと計算がうまくいかない。色々試してうまくいったのは;空間群はC2/cで(space_group = 15)、かつ格子定数をcelldm()でなくA,B,C,cosAB,cosAC,cosBCで指定、uniqueb = .true.でうまく計算ができた。単斜晶系でcelldm(4)で角度を指定する場合にどの角度を意味しているか勘違いしやすいように思うので、celldm()を避けてみた。pw.xで構造を最適化して、ph.xで振動数を計算する。

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 factor group analysisからは33個ラマン活性ピークが出るはずで、ph.x計算でもラマン活性なAg、Bgモードで計33個が計算された。出力にはもちろんIR活性なAu、Buも出てくる。この場合は対称心があるので、ラマン活性モードはIR不活性、その逆も真になる。私のラマン測定では最大28個くらいしか同定できてない(過去の報告よりは多いが)。また、過去の報告されているピークで明らかに違うものも見つけた(どれも弱いピークだが)。計算された値と自分で測定した実測値を適当に対応させて、プロットしてみた(右の図)。最大で28 cm-1くらいズレるのもあったが、全体的にはよく合っているように見える。これだけ合うならラマンピークのモード同定に使えそうだ。ちゃんとした同定には、単結晶を使った偏光測定が必要だが。今回の計算で使ったpseudopotentialは、pbesol-n-kjpaw_psl.0.1.UPF。後でvalence forceを使ってラマンス・IRスペクトル計算ができるVibratzでも計算してみる。VibratzのMac版はもはや現在のOS下で使えなくなったので、Windows版を最近入手した。作者のDowtyさんはまだ元気そうだったが、更新はあまり期待できそうにない。
 余談だが、自分で測定したcoesiteのラマンピークを精査していたら、従来1つのピークとされているものが、実際は2つのピークからなるケースを見つけた(下図)。これらについてはph.x計算で比較的近い位置の2つのピークをちょうど対応させることができたので正しいと思われる(実は右側については報告があった)。これらを含めて認識できたピークは28個となる。見つかっていない残り5つは、弱くて他のピークの裾野に隠れていそうなものが多く、多分あるけど弱すぎて確信が持てないなど。なお、このスペクトルは横軸の補正を行ってない(ちょっとだけずれている)。ラマンの場合、方位によってピーク強度が異なるので、方位の異なる試料を沢山測定してしっかりと吟味することが重要なことを示している。実は研究室ではかなり前からcoesiteのラマンピークを使って波数校正しているので、自家製の校正用ピーク位置データセットを作っている。その作成時には6個くらいのよいスペクトルを測定して、ピーク位置をfitして、その平均値を使っているが、2つのピークからなることが見つかったピークは標準偏差が明らかに大きくて、校正に使わないように推奨しているピークだった。標準偏差が大きいことにはちゃんと理由があった。coesiteはラマンシフトの校正物質として適当なので、まとめた論文を出す予定であるが、さらにcoesiteの良いスペクトルを沢山測定したいのだが、現在CCD検出器の真空が悪くなったので、真空引き用のツールが届くのを待っているところ。

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ラマンモード数の計算(2021/08/17追加)

 最近、Correlation methodを勉強したので、それでラマン活性の振動モードを求めてみた。coesiteはC2/c (No.15) (因子群C2h)で、Z=16だがC格子なので単純格子ではZ=8となる。Si1, Si2は8f (1 = C1), O1は4a (-1 = Ci)、 O2は4e (2 = C2)、O3, O4, O5は8f (1 = C1)にある。
 Si1ではC1の既約表現はAだけで、それがx,y,zの移動と関係するため、AはC2hの既約表現Ag, Bg, Au, Bu全てと相関する(一番下の表)。自由度は(8/2)*3=12(2で割っているのはC格子だから)。なので、均等割りして以下のようになる。

Gamma(Si1) = 3Ag + 3Bg + 3Au + 3Bu

Si2, O3, O4, O5も全く同じなので、上を5倍して、

Gamma(Si1+Si2+O3+O4+O5) = 15Ag + 15Bg + 15Au + 15Bu

 O1はCiなので、CiのCharacter Tableを見ると、x,y,zの移動を表すのはAuになり、C2hの相関表を見ると、CiのAuはC2hのAu, Buとだけ相関する。自由度は(4/2)*3=6なので、これも均等割りして以下のようになる。

Gamma(O1) = 3Au + 3Bu

となる。
O2は点群がC2なので、C2のCharacter Tableを見ると、x,yの移動がB, z移動がAで、C2hの相関表によると、それぞれ、Bg, BuとAg, Auに相関する。自由度は(4/2)*3=6で、今回は均等割ではなく、前者の方が倍の寄与なので以下のようになる。足すと6になっている。

Gamma(O2) = 1Ag + 2Bg + 1Au + 2Bu

結晶全体では、上記を足して、

Gamma(cryst) = 16Ag + 17Bg + 19Au + 20Bu 

確かにQuantum Espressoでもこの結果と同じ72個のモードが計算された。
結晶の並進は、x,yがBu, zがAuなので、2Bu, 1Auを引いて、結晶の振動モードは、

Gamma(vib) = 16Ag + 17Bg + 18Au + 18Bu

となる。Quantum Espressoの出力で、非常に低い周波数のところに1Au, 2Buが確かに出ている。それらは結晶全体の並進モードだが、計算誤差により完全にゼロにはならない。既約表現的にはこれらはIR活性モードと同じである。
 ラマン活性は、C2hのCharacter Tableを見ると、AgとBg表現がそうなので、16+17合わせて33のモードとなる。IR活性は、18Au + 18Buの36のモードとなる。これらもQuantum Espressoの出力と一致した。
C2hの相関表を置いておく。

C2hC2CsCiC1
AgAA'AgA
BgBA"AgA
AuAA"AuA
BuBA'AuA

なお、相関法を使う場合にはCorrelation tableが必要だが、Fateleyら(1972)の"Infrared and Raman selection rules for molecular and lattice vibrations: The Correlation method"に表だけでなく使用方法の詳細が書かれているが、古いので入手は簡単ではないかも。Ferraro and Nakamoto (1994)の"Introductory Raman spectroscopy"の付録には表が掲載されている。