高温X線回折実験 の履歴(No.1)


高温X線回折実験

mini-heater1.png

前書き

 高温X線回折実験のために別項で書いたワイヤーヒーターを改造して、X線回折装置で実験できるようにした。ヒーターは基本的には以前作成したものと同じだが、場所の制約があり、長さがあまり取れないのでコンパクトに作ってある。しかしそのため発生温度はかなり低くなっている。
 使っているX線回折装置はリガクのRint Rapid IIである。これは微小部専用で、X線源は回転対陰極で、ビームをミラーで集光している。回折線は湾曲したIPで記録する。コリメーターで最小10ミクロン直径までビームを絞れるが、普通は100ミクロンのコリメーターがよく使われている。ターゲットはCuとMoの2つが選べる。この装置の本来の目的は、高圧合成した試料等の相同定など。数分露光で十分な強度がとれる。
 研究中の化合物で、高温で相転移すると予想される物質があったので、それを粉末X線回折法で確認するために最近(2014年8月末)ヒーターを作成した。その目的のためには600 ˚Cほど上がれば十分なので、とりあえずの目標は600 ˚C。冷却に工夫すればもっと上げられるはず。

作成したワイヤーヒーター

 構造は基本的に別項のワイヤーヒーターと同じで、白金合金ヒーター部、金属棒、金属棒を保持するホルダー部分からなる。非常に単純なヒーターである。これまでの蓄積があるので、在庫部品だけで作成できた。DC電源は他のワイヤーヒーターで使っているものを持ってきて使う。
 ホルダー部分は加工余りのポリアセタール板で作った。そのためあまり温度は上げられないと思うが、使ってみたところ電源ケーブル被覆の方が先に融けて問題になりそうだ。
 金属棒は白金合金ヒーター線を保持して、電極の役割を果たす。今回は直径5 mmの真ちゅう棒が余っていたので、それで作成した。ブロックには真ちゅう棒を固定する穴、ブロック自体を回折装置に固定するネジ用の穴をあける。さらに真ちゅう棒の後端にM3のネジを切って、これで圧着端子をブロックの下側から真ちゅう棒にネジ止めできるようにした。実際に使ってみると電源ケーブルが結構熱くなるので、真ちゅう棒をもっと太くして、圧着端子を大きくして、電源ケーブルも太くできればいいかもしれない。ヒーターも長くする。改良版を作るならそうなるだろう。
 ヒーターには直径1 mmのPt87Rh13合金を使っている。長さは50 mmとしている。これはニラコで買うと長さが100 mmなので、2個作れて余りが出ないように考えてのこと。そのままだと結構硬いので、電気炉を使って焼き鈍しておく。1300 ˚Cで処理したが、まだ硬い感じだ。中央部の15 mmくらいを半分の厚さくらいになるようにハンドプレスを使って押しつぶした(透過法用の場合はU字型に最初からしておいていいが、反射法用の場合は押しつぶす前にU字型にしない)。結構硬いため、真ちゅうを使うと、真ちゅう側が変形してしまうので、WCアンビルを使って、アンビルに挟んでつぶした。最終的に0.42 mmくらいの厚さにした。その中央に直径0.5-1.0 mmの穴をあける。今回は0.5 mm直径の穴をエンドミルを使ってあけた。その後にU字型に曲げた。
 回折測定としては反射法と透過法の2つが考えられるが、それに応じてヒーター穴の向き(つぶす方向も)が異なるで、専用のヒーターをそれぞれに用意する必要がある。今回は反射法用のヒーターを作った。反射法だとどうしても低角側が測定できない(試料保持部分がX線を吸収するため)。透過法だと逆に高角側の回折線がヒーターで吸収される。透過法の場合は波長を短くして(Mo)、観察される回折線を増やす手もある、
 透過法の場合は貫通穴が必要。また吸収の関係で厚さも重要。なお貫通穴の場合、試料の脱落が予想される。反射法の場合は貫通しなくてもいいので試料の保持の点ではいいが、一方で下地の白金合金の回折線も出てくると予想される。反射法の場合でも、45度は傾けるので、試料はある程度固定しておく必要がある。

ヒーター単独のテスト

mini-heater2.png

 加熱テストではヒーター単体を実体顕微鏡の下において観察した。上の写真はその様子。ホルダーの下から電源用のラインが出ている。温度較正で使う物質を穴に置いて、電流を上げて、融解を見る。貫通穴の場合は、穴に引っかかる程度の大きさの粒子を選ぶのがコツ。テストではNaNO3, CsNO3, 塩化リチウムの融解を観察した。塩化リチウムの融点は605 ˚Cなので、とりあえず600 ˚Cまでは温度が上げられる。600 ˚Cでしばらく保持して、ホルダーに問題がないことを確認したが、電源ケーブルが結構熱くなっていたので、長時間保持する場合には注意が必要だ。
 温度の校正にはNH4NO3(170 ˚C), NaNO3(306 ˚C), CsNO3(414 ˚C), 塩化リチウム(605 ˚C)の融点を使う。しかし今回の目的では回折計にセットする際にはヒーター単独でテストするより時間がかかるので、塩化リチウムやNH4NO3など吸湿性が高いものは使いづらい。せっかく回折実験できるので、相転移を使う方がいいかも。たとえばCsNO3には161 ˚Cの相転移がある。それらの転移点の電圧,電流値を記録して、そこから較正曲線を作る。温度ー電力の関係を多項式でフィットする。次にフィットした多項式を使って、各温度での電力を計算する。また、ヒーターの抵抗の温度依存性もフィットする。各温度で抵抗が推定できれば、電力を抵抗で割って、予想電流が求められる。この電流値をDC電源で設定すれば、所定の温度にすることができる。
 実験後は試料を取り除いてヒーターをきれいにする必要がある。現在、塩類で較正しているので、ヒーター先端部をホルダーから外さないで、先端を水またはお湯につけて超音波洗浄すればすぐきれいになる。

微小部X線回折装置への取り付け

mXRD-HT.png

 単体での加熱テストが成功したので、微小部X線回折装置(Rint Rapid II)の手動XYステージに取り付けてみた(上の写真)。電源ケーブルも実際に繋げて加熱できる状態。現在、作成したヒーターは反射用なので、装置付属の顕微鏡カメラでX線ビーム位置を決められる。このカメラでフォーカス位置中央がX線ビームが当たる位置になるので、このカメラでフォーカスできないと測定ができない。実際にヒーター試料部の穴にフォーカスできた。ヒーターの向きによっては低角でヒーターとコリメーターがぶつかるので、ファイ角を回転させて逃がしておく必要がある。なお、ヒーターを取り付ける前にコリメーターを外しておいた方がいい。ワイヤーヒーターはエアコン等からの風の影響を受けやすいが、微小部X線回折装置は防X線カバーで囲われているので、その影響はなさそう。

高温その場X線回折測定のテスト(2014/11/02)

 しばらく回折装置がダウンしていたが、修理が一応終わったので(10月末)、CsNO3をヒーター穴に詰めてテストした。CsNO3には161 ˚Cに相転移があるのでそれを観察する。ターゲットはCu, 40 kV, 30 mA, コリメーターは100ミクロン。オメガ角は20˚固定、ファイ角を+/-30˚揺動させた。直流電源のヒーター電流値を少しづつあげて、測定を行う。露光時間は3分間。IP画像のデバイシェラーリング(の一部)をリガクの2DPというソフトで1次元パターンにした。
 下に得られた回折パターンを示す。図中の数字は電流値。電流と共に熱膨張のために回折ピークが低角側に移動しているのがわかる。あまり移動してないもの(例えば82度のピーク)はヒーターとして使っている白金合金による回折ピークである。8アンペアでは強度の弱いピークが多く見られるが、9アンペアでは弱くなり、10 アンペア以上では消失する。これがtrigonal(P31 or P32)-cubic(Pa-3)の転移のようだ。15.5 アンペアで試料が融けた。これらの転移と融解を後で温度校正として使う。Ptピークが出たり、測定ごとに強度が変動する(多分位置が少しづづずれているため)、alpha1,2の分離が高角度でもよくない(これは一部は試料の問題)など問題点も見えたが、高温測定自体は可能であることが分かった。
 角度の精度はほぼ顕微鏡観察でのフォーカス位置で決まっている。ヒーター自体の熱膨張により変化しうるので温度を変化させた毎に再調整(再フォーカス)した方がよい。

CsNO3-highT.png

回折パターンのプロット

 回折パターンは測定用PCに入っているリガクのPDXLで表示、相の同定等ができるが、測定中に熱膨張や相転移を確認するために沢山のパターンを表示させて、転移を素早くチェックする目的には向いてない。そこで2DPから出力される.ascファイルをプロット用ソフトで読みやすいフォーマット(1行に2theta, intensity)に変換する簡単なコードをPythonで作りました。csv形式にしているので、Excelなどでもそのまま読めますが、私はPlot2というソフトを使ってます。上のパターンもPlot2で表示したもの。後で気づいたが、2DPの出力のオプションで角度と強度が組となったテキストファイルも出力できるので、そちらをテキストエディタで少し加工して使ってもよい。

ワイヤーヒーターの文献

Mysen, B.O. and J.D. Frantz, Chemical Geology, vol. 96, 321, 1992
Neuville, D. et al., In-situ high-temperature experiments, in "Spectroscopic Methods", Rev. in Mineral. & Geochem. 
Vol.78, Min. Soc. Am. and Geochem. Soc., 2014
Richet P. et al., Journal of Applied Physics, vol. 74, 5451, 1993