解説JMPS2017-1 の履歴(No.1)


解説JMPS2017-1

 protoenstatiteは高温で安定なMgSiO3輝石相だが、一般には常温に回収できないと思われている(冷却中にclinoenstatiteへ転移するため)。しかし、protoenstatiteを回収できたとする報告も存在し、それらの多くはガラスを結晶化させ、急冷している場合が多い。また、古い研究ではmineralizerを加えて安定化させているため、純粋な組成ではない。一方、我々は普通のMgSiO3端成分の固相合成を使っても、protoenstatiteが結構な量、室温に回収できることを以前から知っていたが、これまで定量的な研究は行われてなかった。本研究ではごく普通の合成法を使って、冷却速度を4パターン変えた実験を行い、試料中のprotoenstatite量をRietveld法で評価した。

方法

 合成はMgOとSiO2を混合して、ペレットにして、1500 ˚Cで2度焼成した。1500 ˚Cはprotoenstatiteが安定な温度である。回収試料は全く焼結しておらず、ほぼ粉末状態として回収される。この試料を出発物質として、1500 ˚Cで5時間保持し、冷却速度を4パターン変えた実験(0.04~500 ˚C)を行った。回収した4試料を粉末X線回折にかけて、Rietveld法でprotoenstatiteとclinoenstatiteの量比を求めた。なお、粉砕はprotoenstatiteからclinoenstatiteへ転移させるという報告があるため、試料は回収されたまま何も処理をしないで使用した。転移のため全く焼結してないので、粉砕しなくても回折用ガラスプレートに詰めることに問題なかった。また、ラマン分光法と29Si MAS NMR分光法でも試料を調べた。

結果と議論

 回収試料のラマン分光法から、全ての試料にprotoenstatiteとclinoenstatiteが存在することが分かった。X線回折パターンからはprotoenstatiteとclinoenstatiteの存在が確認された(少量cristobaliteも存在)。protoenstatiteの構造を初めてRietveld法で精密化したが、高温単結晶回折等で得られている構造と一致した。
 Rietveld法からはprotoenstatiteが30~40%存在していることが分かった(残りはclinoenstatite)。1つの試料については、29Si MAS NMR法でprotoenstatiteの定量を行なったが、Rietveld法で得られたものより5%ほど低い値が得られた(測定は1試料のみ)。この違いの理由はよくわからないが、どちらにしろ、かなりの量のprotoenstatiteが室温に回収されていることが明らかとなった。
 冷却速度依存性については、冷却速度の速いものにprotoenstatiteが多い傾向は見られて、電気炉から取り出しルツボの底を水に着けた試料がもっともprotoenstatiteが多かった。冷却速度がさらに速いはずの水中に沈めて急冷した試料では逆にprotoenstatite量が最低となった。この理由は水と直接触れたことが原因と思われるが、詳しいことは分かっていない。
 今回の研究で、ごく普通に行われている合成実験においてもprotoenstatiteが1/3程度回収されることが分かった。したがって、これまでのMgSiO3の相平衡実験などの出発物質に使われたclinoenstatite試料には実際にはprotoenstatiteが混じっていた可能性が高い。これはそれらの実験結果の解釈に影響している可能性があり、よく調べられた出発物質を使って、再検討する必要がある。その1つの可能性として、orthoenstatite/clinoenstatite境界を巡る相平衡実験について少し議論した。

結晶構造データダウンロード(cif file)(CODへ登録済み)