ガスケット穴あけ用放電加工機の製作 (EDM: Electric dischage machining)(本ページ作成 2009/12/27; 時々追記 最後2022/12/02)†

- ガスケット穴あけ用の放電加工機を自作した。ここでいうガスケットとはダイヤモンドアンビルセル(DAC)高圧装置で使うもので、高圧力をガスケットの剪断強度で支えるため、特殊なスチール、レニウム、イリジウム、タングステン等の硬い金属が用いられる。ここに穴をあけて、そこに試料を詰める。これを1対のダイヤモンドで挟んで、高圧力を発生させる。厚さは最初数百ミクロン程度であるが、実際には仮押してからガスケットに穴をあけることが多いので、その場合には厚さが百ミクロン以下になっている。穴径は目的とする圧力等によって異なり、数十ミクロンから数百ミクロンの範囲である。その程度の微小な穴があけられればよいので、放電加工機とは言っても大掛かりなものにはならず自作が可能である。放電加工機の基本的な構成は稲垣(1969)と同じ。送りは手動で行う。
- 回路部分は前に作った溶接機とほぼ同じで、AC100Vを可変トランス(スライダック)に通して、ダイオードブリッジで全波整流し、容量の大きい電解コンデンサーで平滑化する。溶接機の場合はここでおしまいであるが、放電加工機ではその先に数キロオームの抵抗と数nFのコンデンサー(いくつか選択できるようにしておく)が接続される。ここはいわゆるRC回路で、充電と放電を周期的に繰り返す働きをする。抵抗は放電の周期を、コンデンサーは放電で放出されるエネルギーを決めている。コンデンサー容量が小さいほど、放電のエネルギーは小さくなり、加工速度は遅いが、加工が丁寧になる。抵抗は2k、4kオームをスイッチで、コンデンサーは0.3, 1, 3, 10nFをロータリースイッチで選択できるようにしている。下の写真は電源部である。写真のつまみに書いているpFはnFの間違い。電源部のみは3万円以下でできる。このスライダックは絶縁タイプではないので、感電に注意。
- 加工機本体の方は、手持ちのXYZステージをダイヤルゲージ用のスタンド(アップライトスタンド,TECLOCK製,約2万円)に取り付けて作った。電極はハンドバイスを流用して作成、加工物(ガスケット)は真ちゅうの台に載っけて、ワッシャを上に乗せて、それをネジで固定(一番上の写真)。電極と真ちゅう台には電源からの電線がつながる。電源からのマイナス側は電極棒側につなぐ(間違うと電極棒が削られる)。これ用に買ったのはアップライトスタンドのみ。他は手持ちのパーツ類で作製.
- 観察、位置決めはニコンの野外用実体顕微鏡を三脚に傾けて取り付けて見ているが、結構つらい。倍率がもう少し欲しい。最近はホーザンのズームレンズを使ってTV画面で観察できるようにしている。
- 使用手順
- 感電に注意!高電圧を使うので、電極には触れないこと。加工してない時は電源を切っておく。
- タングステン(W)線をハンドバイスにくわえさせる。先端をダイヤモンドヤスリ等で平たくしておく(200ミクロン以上の場合)。ニッパで切ったときに線が割れることもあるので注意。先端部分の形がそのまま加工穴に反映されるため、先端の形は重要である。ワイヤーが割れているといびつな穴になる。ガスケットを真ちゅうの台にワッシャーとネジを使って軽く固定する。M3のネジ穴が3つあけてある。
- XYステージ軸で加工位置を適当に設定する。仮押ししたガスケットの場合は、顕微カメラで2方向から見て、ガスケット凹部の中心にW線先端が来るようにXY軸を調整し、ロックする。Z軸を変えて、W線先端と板が接触する位置のZ値をメモしておく(後で加工液を入れると接触する位置がわかりづらいため)。
- とりあえず現在加工できている設定にする。可変トランスのノブを8~9時くらいの位置にする(可変トランスの表示で100Vくらい)。2kオーム、1nF前後を選択。コンデンサー容量を上げると加工部分が荒くなる。
- ステンレスSUS301Hの加工液にはmilliQ(純水)がもっとよい感じである。水の方がEDM専用液よりも加工が速い(中木村ら、2007)。水は注射器で加工部分に盛る程度で十分。
- 水を盛ったら、W線先端を板に接近させる。W線が水に接触すると電気分解による泡と流れが生じて、加工部分が見づらくなるが、そのまま前にメモした値直前までZ軸をゆっくり接近させる。脱イオン水の代わりに水道水を使うと、もっと盛大に電気分解が起こって電圧降下が生じ、好ましくない。
- 接触直前から放電が始まり、ジィジィジィと音がする。電気分解の泡で見づらいが、放電の光も見える。音または光をたよりに放電が継続しているならゆっくりとZ軸を進める。
- 時々W線とガスケット板が接触してショート状態になり、放電が止まる。これは音と光で判断できる。そのままだと加工が進まないし、W線も屈曲するので、その場合は少しZ軸を戻して接触を切り、また進める。
- 貫通したかどうかはわからないので、Z軸の送り量から貫通を推定する(インデントした場合はガスケット厚を予め測っておく)。余分に送っておいた方が無難。使っているとW線の先端は細くなるので、送りが少ないと前面と後面で穴径の違いが大きくなる。
- 貫通したら電源を切って、Z軸を戻す。邪魔にならないようにW線を保持している部分は上に移動させておいて、ガスケットを取り出す。
- 実体顕微鏡で穴を観察。穴の形が円から変形している時はW線の先端を観察して、必要なら少し削る。
- 電源の+/ーを入れ替えると、電極側を加工することもできるはず(試したことはない)。Wの先端の形を整えるために使えるかも。既存の穴に対してZ軸を上下させると、W線の直径を少し小さくできる。さらに微小な穴をあけるときには、この原理を使うことができるが、そのためにはW線を精度よく回転させる機構またはXYステージ側を精密に制御する機構が必要である。
- 追記(2010/02/01) コンデンサー部分の組み合わせを改造した。テストでSUS301Hガスケットの穴開けを10個くらいやってみる。Wの200ミクロン線。条件は上とほぼ同じだが、今回ある理由からmilli Qの超純水が実験室に大量にあったので使ってみた。ガスケットの仮押し後の厚さは100ミクロンくらい。水が違うせいか、前と加工性が異なるような気がする。ほとんどショートを起こさないので、進みが速くなり、1分以内で穴があく。TVカメラを使った位置合わせの方に時間がかかっている。500~600ミクロン程度のキュレットを使った実験に実際に使っている。圧力は10 GPa程度まで。
- ガスケット材料別のまとめ
- SUS301H:加工液としては純水milliQがおすすめ
- W線100-200ミクロンは上記通り1nFで問題なし。下の写真は100ミクロンの場合。
- W線300ミクロンは10nF, 2kオームにする。milli Q.放電の具合は200ミクロンより悪い。また水がもっと速く汚くなる。穴径は350ミクロン程度になる。ここまで大きい穴は普通は必要ない。
- W線50ミクロンは0.3nF, 2kオーム。milliQ使用.線がフラフラするし、放電がうまく続かない。放電もわかりづらい。なんとか穴はできなくないが。
- 真鍮:純水milliQで加工できたが、少し酸化が起きる。また、水がかなり汚くなる。真鍮ガスケットは展示室の氷VI展示用で使っているだけで、実験には使ってない。
- 0.2 mmW線はSUS301Hと同じでOK。
- 0.3 mmの場合は10 nF, 2 Kオーム。
- インコネル
- インコネルでmilliQを使うと荒い表面になる。コンデンサー容量を一段下げるが、仕上がりが悪い。転がっていたコンプレッサー用オイルを使ってみると、W線200ミクロンで10nFで何とか放電し、加工ができている。
- タングステン
- W板の場合は、milliQで200ミクロンW線でSUS301Hと同条件で穴があいた。板表面の色が虹色に変わるが(酸化膜での光の干渉)、表面はレニウムほど荒れることもなく、実験には多分問題にはならないだろう。多分オイルも大丈夫だろう。
- レニウム
- milliQではよい条件見つからず、電解された水と板の表面がかなり広範囲で反応している。このエッチングでレニウムの粒子形状がよくわかる。粒径が荒い! milliQはレニウムには使えない。そこで、その辺に転がっていたコンプレッサー用オイルを加工液として試してみた。W線200ミクロン、3nFの条件でよく放電し、加工部分もそれほど荒れておらず、見たところ問題なさそう。下の写真はテストとしてW線200ミクロンで少し加工した状況。加工はmilliQよりも時間がかかる。
- その他
- 加工径はW線より入り口で30-40ミクロンほど、出口で10-20ミクロンほど大きくなる。
- 100ミクロン以下のW線は柔らかいので、曲がるし、掴みづらいなど扱いづらい。200ミクロンのW線の先端部分をダイヤモンドやすりで細くしてみるなどの工夫が必要。
- 加工用にケロシンを買った。
参考文献†
(どちらもインターネット上で読める。応用物理はJournal@rchiveで。)
稲垣耕司, 応用物理, vol. 38, No.12, 1142-1143, 1969
中木村雅史ら, 名古屋大学工学部技報, vol. 9, 3-8, 2007