ワイヤーヒーター の履歴(No.1)


heater3.png

前書き

 日本語正式名称はどうなのかよく分かりませんが、英語ではheating-wire techniqueと呼ばれています。ここで行っている方法は金属ワイヤーの中央部を平たくして、そこに穴をあけて、そこに試料を詰めます。ワイヤーに電流を流して加熱を行います。ワイヤーでループを作ってそこに試料を保持する方法もありますが、それとは少し異なります。元々ケイ酸塩メルトの観察用に開発されたので、試料が融けて表面張力で穴を満たす感じで使われてます。
 ヒーター形状はU字型で、Bjorn Mysenさん(Geophysical Lab)が使っているものと同じです。詳細はMysen and Frantz(1992)に記載されています。ただし、この論文では白金ロジウム熱電対を使っていて、ジャンクション部分を平たくして、そこに穴をあけて試料を保持してます。この方法だとこの熱電対を使って温度の測定と加熱を同時に行えます。そのトリックは交流の半サイクルを加熱に、別の半サイクルを測定に使うことです。ただそのための特殊な制御装置を自作する必要があります。またジャンクションは広がっているため、その示す温度と穴の中は少し違うはずであり、その差はやはり実測しておかなくてはなりません。Richet et al.(1993)らは最近のDC電源の安定度がいいことに目をつけて、熱電対ではなく単に金属線を使い、DC電源の電力(又は電流)と標準物質の融点で温度を校正することを提案してます。彼らのヒーターは直線状です。私はヒーター形状はMysen and Frantzで、加熱方式はRichetらの方法を採用してます。2007年にこのヒーターを使った加熱システムを作りました。ヒーターのホルダーについては大小2つを製作しました。小さい方はMysen&Frantzオリジナルと似た大きさで、オリジナルは黄銅で作られてますが、今回は銅で作ってみました。ただ加工は簡単ではありません [sad]。そのため大きい方(ファットサイズ)はやっぱり黄銅で作りました。こちらはオリジナルよりも大電流を流せるように大きくしてます。パリ大学のRichet先生は以前こちらに来られたことがあります。一緒に投入堂に行きました。Mysen先生もこちらに何度も来られてます。

ホルダー部分

 ホルダー部分は棒とブロックが2組とブロックを固定するベークライトの板からなります。棒の先端には白金線が入る穴があり、ネジで固定できるようになってます。ブロックにはこの棒が入る穴があり、反対側に電線を固定する穴があります。どちらもネジで止められるようになってます。さらに各ブロックはベークライトに固定されています。絶縁のため各ブロックは少し離れて固定されています。ホルダー部分は別項にもあるようにCNCフライスで加工しました。下の写真でU字型ヒーターがついている方がファットサイズです。

heater.jpg

ヒーター部分

 オリジナルサイズの場合、0.75-1.0mm直径のPt線又はRhやIrとの合金線を使います。ハンドプレスなどを使って、U字型にした線の中央部分を半分の厚さになるまで平たくします。そこに直径1mm程度の穴をあけます。ここが試料室となります。私の場合ニラコで買った1.0mm直径のPt87%Rh13%合金線を使ってます。合金の方が純粋なPtよりも安くつきますし、融点もあがります [smile]。ちなみにニラコではPtで同じ1mm直径・長さ・純度なのに、「線」の方が「棒」より安く値段が設定されていました(2007/12)。違いがよく分かりませんが、このヒーターとして使うなら線で十分です。
 Mysen&Franzはメルトの研究で使ったため、穴であってもメルトの表面張力で問題なく保持されますが、結晶試料の測定時には穴を試料で満たして落ちないようにしないといけません。これは試料がごく僅かしかない時は困ります。このような場合にはワイヤーに貫通穴を開けないで、半分ほど掘った状態で使ってます。透過光で試料を観察する必要がなければ、これで十分です。結晶のラマン測定ではこのようなヒーターを使ってます。
 ファットサイズの場合は2.0mm直径のPt線を使います(かなり高価です [oh])。これだけ太いと薄くするのもひと苦労でした。1.5mm程度の穴をあけます。下の写真はファットサイズのものです。ヒーター部分が赤熱しているのがわかります [worried]
 むき出しなので結構エアコン等の風の影響があり、長時間保持する場合に問題になる場合があります。1つの対策としてアルミナルツボの底を切って、それをひっくり返したカバーを作って見ました。側面にはワイヤーが通る溝が開いてます(ワイヤーと接触しないように注意)。また上面と下面にはガラス板を入れてます。温度は前より安定したようです。ただしこれまでと温度ー電力の関係は異なるので再度校正が必要です。
 ヒーターと顕微鏡ステージとの間には、最初ベークライト板に透過光源用の穴を空けて、ガラス板をその上に置いてました(下図)。しかし長時間保持していたら(1日)、ベークライト板が一部こげてしまいました。そこで今はアルミ板で台を作ってます。一番上の写真にその台の一部が見えます。このアルミ板は顕微ラマンにも取り付けられるようになってます。

redhot.jpg

加熱&観察システム

 Richetら(1993)によれば精密なDC電源を使えば十分再現性よく、安定して加熱できるとされてます。我々のところでは中古で入手したテクシオ(旧ケンウッド)のDC電源を使ってます。オリジナルサイズだと6V60Aで十分ですが、ファットサイズはこれでは足りず6V120Aの電源を使ってます。写真は6V120Aの電源です。再現性は温度がかなり高温にならない限りはいい様です。
 このヒーターを顕微鏡に取り付けてます。超長作動距離の対物レンズを使うことでレンズを壊すことなく、高温の試料を観察することができます。顕微鏡にはTVカメラが付いているので、それを変換器でDV信号に変換して、Macのfirewire端子から動画を取り込むことができるようになってます。最近のMacbookにはfirewire端子がないのですが、thunderboltが付いている機種ではthunderbolt/firewire変換ケーブルを利用することでまだ使えます。動画の取り込みはQuick_Time Playerで取り込みます。また長時間の観察のためには駒送り撮影ソフト(iStop_Motion)を使ったこともありました。
 現在(2022/02/23)は上記のシステムではなく、同じ顕微鏡にCマウントのHD CMOSカメラを取り付けて、その出力のHDMIをLCDディスプレイに直接繋いでます。CMOSカメラの機能で静止画、動画を撮影できます。顕微ラマン分光に使う時はラマンの顕微鏡(自作)を使います。こちらも1KのCMOSカメラが付いているので静止画、録画の撮影は可能ですが、偏光観察はできません(必要なら改造は可能です)。

wire-system.jpg

実際の測定例

 普通はノーマルサイズのヒーターを使ってます。温度の校正にはNH4NO3(170 ˚C), NaNO3(306 ˚C), 塩化リチウム(605 ˚C), 塩化ナトリウム(801 ˚C), K2SO4(1069 ˚C), MgCaSi2O6(1390 ˚C)を使いました。もう2点ほど高温側で欲しいところです。NH4NO3,塩化リチウム, 塩化ナトリウムは空気中の水を吸うので、湿度が高い時にはまず高温で保持して水を飛ばす必要があります。場合によっては最初融けて、そのまま置いておくと水の蒸発で固化することもあります。それぞれ顕微鏡で観察しながら電流を増加させて、融解した時の電圧、電流値を記録します。穴の縁が温度が高いので、今回は縁で融けたことを基準にしてます(これを使って行う実験の性質によって決めます)。電流を増減させて両側から挟みます。ただdiopside(MgCaSi2O6)はメルトからの結晶化が遅いので、結晶が融ける側からしか決められません。diopsideは実際には不一致溶融するのですが、かなりその幅が狭いので、ここはリキダス温度を使ってます。部屋のエアコンに少し影響を受けるのが観察されました。現在のところdiopsideの融点のところで温度の誤差は10 ˚Cくらいありそうな印象です。電力vs温度でプロットすると最初の実験ではかなり非線形になりました。不思議なことに1度diopsideで1400 ˚Cくらいまで加熱した後(抵抗が少し変わった)、再度校正するとかなり直線的になりました。電流vs温度でプロットするときれいな直線になりました。なおこの校正はヒーターをホルダーから外したり、またかなり高温で使用した場合には再度やり直す必要があります。できれば本実験前後で確かめるのがいいでしょう。私は温度ー電力の関係を多項式でフィットして使ってます。また抵抗の温度依存性もフィットします(大体リニアになる)。希望の温度にする必要がある場合は、私の使っているDC電源は電流を制御するタイプなので、その温度にするための電流を計算する必要があります。まず、その温度の電力を上記多項式から求めておいて、その時の電流をその温度での抵抗(これも上記の関係)から計算します(I=sqrt(Pw/R))。この電流値に設定すると希望の温度にできます。今はLi2SiO3(1201 ˚C)も校正用に準備してます。
 塩化ナトリウムの結晶化の動画(mp4) 温度勾配により温度は穴周辺で高く、穴中央の上下面が最低のようです。メルトから結晶が最初に出るのは上下面中央付近です。上記の塩化ナトリウムでも結晶が上下でほぼ同時に出ているのが分かります。
 穴に入れるため試料としては粗粒のものがあるといいでしょう。上記の校正に使ったのはdiopsideを除いて市販の試薬ですが、どれも粗粒のものだったのであまり苦労せずできました。K2SO4は加熱中に飛び跳ねて飛んでいってしまうことがあります。転移が関係しているのかもしれません。ちょうど穴に引っかかるぐらいの粒子があるとうまく行きます。またワイヤーが高温の方がいい感じです。試料が融けて穴を埋めるようにします。足りない時は加熱中に粒子を穴付近に落とします。diopsideはガラスを自分で合成したものです。
 塩化リチウムと塩化ナトリウムは低粘性と表面張力の関係か、メルトが穴から逃げていきやすく苦労します。穴にメルトが入るころには、穴の外のワイヤーの上にメルトが沢山溜った状態で測定することになってしまいます。これはあまりよくありません。
 NaNO3とK2SO4には相転移があるので、加熱中にそれらが観察できます。NaNO3は転移が融点より30 ˚Cくらい低い温度で起こるので分かりづらいかもしれません。K2SO4は580 ˚Cくらいで明瞭に観察されます。ヒステリシスも少ない様なので、これも校正に使えると思います。さらにメルトからII相が結晶化した後に温度を少し下げていくと立方晶と思われる相が出てくることがあります。これは相図にはないので、準安定な相なのかもしれません。
 フッ化物、塩化物や炭酸塩ではワイヤーの変色が観察されました。使わない方がいいのですが、ちょうど良いものがない場合は仕方なく使います。使用後細かい紙やすりできれいにします。磨くことによるヒーター特性の変化は無視してよいレベルです。また、フッ化物、塩化物では融けた時に穴に入らないで、外に広がることがしばしば生じました。
 1200 ˚Cくらいまで、温度依存性のよく分かっている結晶のラマンピークなどがあれば、それも温度校正に使えると思いますが、あまり適当なものがありません。一度cBNを試したことがありますが、大気中ではあまり上手く行きません(温度低ければいいのですが)。
 実験後は試料を取り除いてヒーターをきれいにする必要があります。この時にヒーター線をホルダーから取り外すのは避けた方が無難です。なぜなら取り付け位置などが変わることで抵抗が変化するためです(毎回再現性よく取り付けられるように工夫すればいいのですが)。塩類の場合はヒーター先端部をホルダーから外さないで、ヒーター先端を水またはお湯につけて超音波洗浄すればすぐとれます。ケイ酸塩の場合はフッ酸で溶かしますが、フッ酸は危険なので取り扱いには注意が必要です。 [worried]

 現在フッ酸を実験室で扱ってないので、ヒーターのクリーニングには困ってます。最近は結晶を測ることが多いので、取れないことはないのですが、メルトの場合は困ります。校正時には1200 Cまでなら、硝酸塩、硫酸塩だけを使うと水か温水で綺麗にできます。

HT-Raman.png

 このヒーター装置一式を顕微ラマン装置にもっていってラマン測定を試してみました。使ったのはAr+レーザーの488 nmです。ケイ酸塩メルト(diopside-anorthite共融組成)を1400 ˚C程度まで問題なく測定できました(下の図参照)。低温側3点はガラス状態、高温側3点はメルト状態です。途中がないのは結晶化したためです。熱輻射の影響を防ぐためには高倍率の長作動対物レンズを使って、ピンホールでレーザースポットからの散乱のみをとるようにしてます。それでも1400 ˚Cだとバックグラウンド(特に高波数側)が上昇しているのが分かります。しかし十分にピークは見えてます。もっと高温にするとバックグラウンドがさらに増加してSNが悪くなリますが、改善するために露光時間を長くするとCCDが飽和すると予想されます。もっとピンホールを小さくして熱輻射をカットすることと、CCDが飽和する前に止めて、ソフト側で積算することでもう少し高温まで測定できるのではないかと思います。
 結晶の場合は、粒径が小さいといつも同じ結晶にレーザービームを当てることが難しくなります。これは空気の対流で像がぶれることや、ワイヤーが熱膨張して位置がずれるためです(膨張によるずれは温度を変えている時で、一定温度では位置はほぼ変わりませんが)。なお熱膨張によるズレはU字型ヒーターで生じ、Richet先生の直線状ヒーターではそれを避ける機構が組み込まれてます。
 温度校正とその利用方法:まず上記のように既知融点の物質で融解する時の電圧、電流を記録する。この時に融解する方向と結晶化する両方の方向から挟みます。それを電力ー温度の曲線としてプロットする。この時、曲線から大きくずれる物質がある場合は、何らかの問題があった可能性が高いので再測定を行う。曲線を3次くらいの多項式でフィットする。さらに、抵抗と温度の関係をプロットする。ほぼ直線になるので、そちらは1次式でフィットする。ある特定の温度で実験を行う場合は、電力ー温度の3次多項式から、その温度発生のために必要な電力を計算する(Excelなど使って)。次に抵抗ー温度の関係から、その温度での抵抗を計算。その温度の電力から、必要な電圧、電流を計算する。DC電源をその電圧、電流になるように設定する。Excel等で適当な温度刻みで必要な電圧、電流の表を作っておけば便利。それに従って高温実験を行う。フィットしているので、電圧、電流は計算した値から少しずれる。それらの値はノートに記録しておく。後で電力を計算して、電力ー温度の関係から、より正しい温度に修正する。

加熱・冷却の自動化(2022/03/03追加)

microbit-PU8-90.png

 現在使っているケンウッド(現在はテクシオ)のDC電源PU8-90は、外部から電圧を与えることで出力電圧・電流を制御できる。これを使って加熱・冷却の自動化を試みた。電源後部のDB25端子に電圧を与えるポートがある。DB25用のオスのブレークアウトボードを使うと配線がしやすい。PCから制御してもいいのだがDA変換を用意する必要があるので、今回は簡単にできるmicro:bitを使った。micro:bitは非常にコンパクトなマイコンであり、ブロックを組み合わせて簡単にプログラムを作ることができる(JavaScript, Pythonも使える)。micro:bitの良い点は本体に電圧出力機能が備わっているので、別のユニットも必要ない。ただし0~3 Vで1024段階(10 bit)になる。これを使って温度を上げて、しばらく保持して、また冷却するプログラムを作った。そしてそれをK2SO4を試料として使ってみた。ちゃんと融解と結晶化を観察することができた。さらに低温部分では固相間の転移も観察できた。下のリンクでこの方法で融解・結晶化を撮影した動画が見られます。これはマイクロネットのi-NTER LENSを顕微鏡接眼部に入れて、iPhoneで撮影したもの。
K2SO4の加熱・冷却動画
 これを使って展示室に高温観察の展示物をそのうち作る予定。見学者がスイッチを押すと、加熱して試料が融解して、冷却による結晶化、転移をディスプレイで見ることができるようにする…
 

このヒーターを使って高温ラマン分光測定を行った我々の論文

文献

B.O. Mysen and J.D. Frantz, Chemical Geology, vol. 96, 321, 1992
P. Richet et al., Journal of Applied Physics, vol. 74, 5451, 1993