ラマンの波数校正について の履歴(No.1)


ラマンの(周)波数較正方法

前書き

 我々のところのラマン装置では、標準試料やネオンランプなどを測定して、それを測定ソフトのWinspec/32(Princeton Instruments)の較正機能を使って多項式でfitしている(現在はWinspec後継のLightFieldを使っている)。較正後は測定したスペクトルの較正に自動的に使われる。最近、「ラマン分光法」濱口・岩田著 講談社(2015)Kindle版を読んでいたら、「分散の式」を使った周波数較正法が紹介されていた。これだと外挿でも誤差が少ないことが期待できるので、早速試して見た。ついでに多項式でのfitも行って比較を行った。研究室セミナーのために図を作ったので、ここにあげておく。その後気づいたが、もっと以前に出版されている第5版実験化学講座の9巻「物質の構造I 分光 上」にも「分散の式」を使った較正法が載っていた。

較正方法

 以前、Arイオンレーザーを488 nm波長で使っていた時に、較正用に測定したプラズマラインのスペクトルを使った。プラズマラインピーク(13本)のピクセル位置はfitykというソフトで、Voigt関数でfitして求めた。Arイオンのプラズマラインの位置は「ラマン分光法」に正確な値が載っているので、それをCCD検出器のピクセル位置に対してfitした。なお、「分散の式」では波長を使うので、相対周波数の場合は、波長に変換しておく必要がある。
 「分散の式」はツェルニーターナー型の分光器の場合(1次回折)は、

lamda = d(sin(alpha) + sin(beta))

となる。lamdaは波長、dは回折格子の間隔、alphaは入射光と回折格子面の垂線とのなす角度で、betaは回折光の角度となる。CCD検出器を使って測定しているとすると、alphaは一定の値であるが、betaはCCDピクセル位置により変わる。それは簡単な幾何学的な関係で、CCD検出器に集光させる凹面ミラーの焦点距離、CCDピクセル間隔、ピクセル位置で表される。「ラマン分光法」ではもっと詳しく扱われているが、私は単純化して次式でfitするようにした(我々の分光器とCCD検出器のパラメータがすでに式に入っている)。

lamda (nm) = 833.333333*(a + sin(b + c*atan(4e-05*(x-670))))

833.33333は使った回折格子の格子間隔(1200 g/mm)。xがCCDピクセル位置で、我々のCCD検出器は横幅1340ピクセルなので、その半分が中央なのでx-670となっている。4e-05はピクセル間隔(20 micron)を凹面ミラー焦点距離(500 mm)で割ったものである。cは焦点距離等がカタログ値ではない部分を吸収させるために使っている。なので一度決めたらその値で固定してもいいかもしれない。なお、焦点距離の補正という意味ではcはatanの中に入れた方がいいかもしれない。ただ、違いはほとんどない。この式を使って、fittingして、a,b,cを求めた。「分散の式」および多項式(1,2,3次)のfittingにはR(のnls)を使った。

結果

 最初にCCDピクセル位置に対して、プラズマラインピークの相対波数(488.123 nmから)をプロットしたものを示す(赤丸)。リニアに見えるかもしれないが、少し上に凸の曲線となっている。描いている曲線は3次多項式でfitしたものである。使った分光器はActonのSpectra Pro 500iである。ずれの主な原因は、CCD検出器はフラットであるが、分光器の焦点面は球面状になるためである。

wn_calib.png

 次にfitした位置と本来のプラズマライン位置の差(波数)をピクセル位置に対してプロットしたものを示す。1次式だとずれが大きすぎるので、ここにはプロットしていないが、中央と両端で10 cm-1以上ずれる。したがって、1次式を較正に使うことや、1点だけで較正することは避けた方がよい。図では2次多項式(青)は1次式よりはるかによいが、ずれが最大0.3 cm-1くらいになった。一方、3次多項式(緑)と「分散の式」(オレンジ)はほぼ同程度のずれであり、0.1 cm-1以下のずれとなった。したがって、較正にはできるだけ3次多項式か「分散の式」を使うべきであろう。
wn_calib2.png

 面白いことに、このプロットを見ると、3次多項式と「分散の式」では、ズレが逆方向で、ほぼ同じ程度のズレ量になっている。2つの式をうまく組み合わせるともっと良いfitが得られそうである(物理的な理由は不明だけど)。
 Winspecの較正機能(3次多項式)を使って取得したラマンスペクトルのピーク位置と今回の自前較正のそれでは特に大きな違いはなかったので、Winspec/32の較正でも3次多項式を使えば問題ないことが確認できた。ただ、大きく外挿することが必要な場合や較正点が少ない場合には「分散の式」を利用した方がいいかもしれない。もちろん、そういう状況にならないように十分な較正用ピークが確保できるように努力すべきであろう。そのためにはネオンランプだけではなく、水銀、アルゴンランプも使うなどが考えられる。市販電気パーツ用のネオンランプでアルゴンを少し含むものについてはネオンランプのスペクトルに書いた。

付記

 なお、ここに書いているずれは当然分光器やCCD検出器の仕様等で異なってくる。
 Winspec/32(Princeton Instruments)のcalibrationは取得したスペクトルについて、ピークを10本まで自動的に拾って、そのピクセル位置を示す。それらの各ピークに対応する波長や波数をユーザーが入力することで較正する。ただし、どのピークを拾うかはユーザーからは指定できないので(強いピークから拾ってくる)、スペクトルの全領域から万遍なくピークが拾われなくて困ることがよくある。1つの対応策は、追加で拾いたいピークがある領域だけ拡大表示して、calibrationを実行すると、その領域だけからピークを読んでくれる(が前の内容は消去される)。そのピクセル位置をメモしておいて、再度広い領域でcalibrationを実行して、メモした内容を使って校正に使うピークを編集することで、面倒ではあるが対応することができる。(現在は後継ソフトのLightFieldに移行したので、このプラクティスはもう意味なくなっている。)
 プラズマラインはこのように校正に極めて便利であるが、我々のアルゴンレーザーは20年近く使ってきており、調子も悪く引退してもらった。そのためプラズマラインによる校正が現在できない。その代わりに、ネオンランプを校正に使っているが、488 nmレーザーの場合、低周波数領域ではネオンランプの輝線が弱くてほとんど使えない(実際には測定時間を十分長くすると何とか較正できるピークを拾えるくらいにはなる)。そこで、上記のようにしてプラズマラインで校正して、coesiteのラマンピーク位置を精密に測ったものがあるので、coesiteを校正に使っている。しかし、1164 cm-1以上にピークがないので、最近はアセトン、エタノールをガラスキャピラリに封入したものも使っている。それらの正確なシフトの値は「ラマン分光法」濱口・岩田著 講談社(2015)に載っている。
 (20200309)上の較正は古いCCD検出器を使ったものでしたが、最近のシステムでネオンランプの較正をやったところ、今回は2次多項式と分散の式がほぼ同じ程度のfitになった。検出器以外の光学系を特に変えてないので、この変化は不思議なのですが。